2014年7月13日日曜日

『聖書』との格闘

牧師 山口 雅弘

毎週の礼拝で、聖書のメッセージを語ることは、私にとって「聖書」と格闘をしているようなものである。聖書を語り継ぎ、それを書き記した信仰の先達者たちの「宣教の言葉」の中に、神が示す生命のメッセージを聴こうとする格闘と言えるかもしれない。その格闘なしに、聖書のメッセージを語ることはできないとさえ思わされている。たとえ私の語る言葉が欠けだらけであっても、また聴く人がウツラウツラして聖書のメッセージへの熱い思いや緊張感を失うことがあると知りつつも、聖書と取り組むことなしに礼拝で語ることはできない。

聖書を読んでいると、まさに聖書が生きて語りかけているという思いを強くされることが少なくない。同時に、一所懸命に何かを求め願っていても、突き放された気持ちで聖書を閉じることもある。「聖書」は、「私」の思い通りにならないと思うこともしばしばである。その中で、たった一言の言葉でもいい、深く自分の心に染み入る個所に出会い、それが聴く人に伝わるとすれば、何にも代えがたい喜びになるであろう。

同時に、心に響き魂を揺り動かす聖書の言葉に出会っても、それがいつも私たちにとって心地よいものになるとは限らない。慰めと励まし、また癒しと希望を与えられると共に、それぞれの期待や願いがくつがえされ、深い反省を促され、問いかけを与えられることもある。

特定の歴史の中で人々が語り継ぎ、書き記しまとめた聖書であるが、その聖書を通して語りかける主体は神であり、イエスであることを心に刻みたい。その聖書を読み、学び、常に新しくそこに示される生命のメッセージを求める心を持てるように祈らざるを得ない。そうすれば、私たちは必ず、それぞれ自分にとって時機にかなった救いの言葉を与えられるであろう。

【就任式と感謝会のスライド集】 松村寛さんが牧師就任式と感謝会のスライド63枚をまとめて下さいました。実に見事な写真集です。コンピューターで見ることができますが、何らかの方法で皆さんと共に見ることができたらと願っています。松村さんのお働きを感謝します。

0 件のコメント:

コメントを投稿