2015年2月8日日曜日

大人になれなかった子どもたち(2)

牧師 山口 雅弘

  太平洋戦争の終わり頃、絵本『おとなになれなかった弟たちに・・・』に登場する国民学校(小学校)4年生の「ぼく」は飢えていた。「ぼく」に弟の「ヒロユキ」が生まれる。しかし母は、お乳が出ない。やっと配給された一缶のミルクだけが、誕生したばかりの弟「ヒロユキ」の大切な食べ物だった。それなのに…。
  絵本の一部で、米倉斎加年氏は次のように語っている。「でも、ぼくはかくれて、ヒロユキの大切なミルクをぬすみ飲みしてしまいました。それも何回も…。 ぼくにはそれがどんなに悪いことか、よくわかっていたのです。でもぼくは、飲んでしまったのです。ぼくは弟がかわいくてしかたがなかったのですが、… それなのに飲んでしまいました。」

  その後、家族は田舎に疎開する。しかし、平和な時代には隠されている人間の本性がむき出しになるのであろうか、家族は親しかった親戚や色々な人に冷たい仕打ちを受ける。やっと落ち着く先にたどり着くが、小さな赤ん坊のヒロユキは、病気になってしまった。
  「10日間ぐらい入院したでしょうか。ヒロユキは死にました。暗い電気の下で、小さな小さな口に綿にふくませた水を飲ませた夜を、ぼくはわすれられません。泣きもせず、弟はしずかに息をひきとりました。母とぼくに見守られて、弟は死にました。病名はありません。栄養失調です。… 」
死んだ弟を背負って家に帰る母とぼくは、頭上高く、夏の空をB29がキラリと光って飛んでいくのを見る。それからわずか半年後、日本は敗戦を迎えることになる。
  「ぼくは、ひもじかったことと弟の死は一生わすれません」と、絵本は記して終わる。戦争は、兵隊たちの殺し合いだけでなく、多くの人々に戦火の炎を浴びせて殺傷する。と同時に、飢え渇きという形で、小さな赤ちゃんからお年寄り、病気や障がいを持った人、また弱い人を生きられなくし、そして死に追いやる暴力であると言わざるを得ない。
  豊かなものに溢れている現在であっても、日本のみならず世界各地で様々な暴力が満ちあふれている。子どもたちの心が蝕まれ、悲しく痛ましい事件が毎日のように起きている。また、飽食の時代の中で、真実に人を生かす言葉に飢え渇いている時代ではないだろうか。

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